フラダンスの種類、カヒコとはどんなダンスですか?


ALOHA!

フラダンスを始めたり、ハワイに行ったりすると「カヒコ」という古典フラを見る機会があると思います。

カヒコはドレスを着て踊る会うアウアナと違い、イプと呼ばれる太鼓で力強く踊る神様に捧げるダンスです。

 

その昔、フラといえばカヒコのみでアウアナと呼ばれる現代フラができたのは戦後、ハワイが観光地として急速に発展を遂げたときに

ショウのためにできた音楽とダンスです。

カヒコは女性らしい会うアウアナとか違って、力強さ、神聖さ、パワーなどを感じさせてくれます。

 

カヒコにはアウアナとは全く違った神聖な魅力があります。詳しく見てゆきましょう!

 

スポンサーリンク


フラカヒコとは?

打楽器のビートをバックに歌うチャントに合わせて踊られる古典です。

「カヒコ(Kahiko)」はハワイ語で「古い」「古代の」という意味があります。

ラ・カヒコはチャンターが唱える歌と打楽器のリズムに合わせて踊られます。使われる打楽器にはパフ(サメの皮を貼ったドラム)、イプ(ひょうたんのドラム)、イリイリ(小石)、ウリウリ(ひょうたんの殻と種)、プーイリ(竹)、などがあります。

フラ・カヒコで踊られる歌の内容は主にハワイの自然への賛歌、自然という形で存在する神、または王族に捧げる歌です。

 

フラカヒコの歴史

 

フラはタヒチから伝わった

 

昔々、12世紀から13世紀に渡り、タヒチから人々が新天地を求めカヌーで航海を始めました。

南はニュージーランド、東はイースター島、そして北の島々にたどり着いた人たちがハワイアンとなりました。

まだ、羅針盤もない時代でスターナヴィゲーションという星を読む航海方法でタヒチとハワイを手漕ぎのカヌーで渡り切りました。

 

関連記事 タヒチから航海する様子はこちらにも書いてあります。

→タヒチは世界地図でどこにある?飛行時間は?直行便はあるの?

 

この中にタヒチで一番えらい酋長の息子ラアも乗っていました。

彼は鮫の皮を貼ったパフという太鼓と竹の筒で地面を叩くカーエケエケを持ってハワイに渡ってきました。

これがフラの起源となっている、と言われています。

 

ハワイでのフラの誕生

スポンサーリンク


フラは古代より、神を敬い、祖先を讃え、自然を歌にしたものでした。

ハワイで生まれたフラは他の文化の影響を受けずに独自の発展を遂げました。

タヒチの音楽やダンスを起源としていますが、フラはハワイ独自のものとなりました。

ポリネシアの民族にとって、自然は神であり山、月、花、海の全ては神秘的な力を宿していました。

この点では日本とに800万(ヤオロズの神)がいるのと同じです。

参考文献

→タヒチアンダンスとフラの違いは何?

 

ハラウ(フラの教室)の歴史

 

海洋民族にとって、カヌーは生活に密着したとても大事なものでそのカヌーを作る小屋をハラウと言いました。

ハラウは細長く左右に入り口のある建物で女人禁制でした。

 

そこでは神に捧げるために男だけが踊ることができました。

これがフラの始まりです。

そして、現在のフラの教室をハラウというようになりました。

 

他の民族との接触を持たなかったハワイアンたちは文字ではなく、歌と踊りだけで神話や物語を語り継いでいきました。

そのために厳しいカプ(禁制)というものが敷かれました。

 

カプを守ることで社会が統一され、フラの教室も厳しい戒律の下におかれました。

これが今日でもフラのハラウに引き継がれているのです。

 

クム制度の始まり

王家の代々の名前を伝える人、自然の出来事を伝える人、星を見て天候の予測をする人、他部族との戦いを記憶する人、

いいろな世間の出来事を伝える人など、いろいろなことを伝えるために専属のカフナと呼ばれる高僧の階級ができてきます。

 

 

その中の神官の一つをクムといい、クムたちは歴史や伝説、主張を讃える歌を創作します。

これらがメレと呼ばれるものです。

 

カヒコの始まり

やがてそのメレのために、踊りやすいように伴奏楽器ができてきました。

プイリ(竹に切り込みを入れた楽器、打ち合わせて音を出す)

イリイリ (丸みのある医師の楽器)

イプ(ひょうたんを乾かして、作ったドラム)

 

これらができて、フラのテンポが明確になり、歌いやすく、踊りやすいものに改良されてきました。

 

これが現在のカヒコと呼ばれる踊りになったのです。

まとめ

 

*その昔はフラといえばカヒコのことだった。

*カヒコは神や、自然や王族を称えるチャントに合わせて踊る踊り。

*現在のハラウ制度は歴史が古く、中世の規律を引き継いでいる。

*踊りやすい様に自然と打楽器とチャントに合わせて踊るようになった。

 

スポンサーリンク


石川県出身

28歳の時にフラ、タヒチアンダンスを始める。
2006年 タヒチアンダンス全国大会「HEIVA I TOKYO」参加、オテア団体部門優勝 
2008年 独立 『PUAMANA Tahitian dannce &Hula dance scool」
発足

2011年 宮崎県綾町に 移住

プライベートでは19歳から6歳の3男2女の母

12年間で妊娠、出産、育児を繰り返しながら、タヒチアンダンスで
体型を元に戻しました。
現在は、ダンスに、筋トレ、ストレッチを取り入れながら
健康的で魅力的なボディを作る活動をしています。


コメントを残す

CAPTCHA